味と匂学会 学会長挨拶
日本味と匂学会は、1967年に始まった「味と匂のシンポジウム」を前身として、1991年に設立されました。英語名は、The Japanese Association for the Study of Taste and Smellで、通称JASTS(ジャスツ)とよんでいます。本学会は、味と匂に関する科学の広汎な研究の進展を図ることを目的として、大学・研究所・企業・病院などに所属する多くの味覚・嗅覚研究者によって構成・運営されています。産学官、基礎から応用や臨床まで、幅広い分野の研究者が集まっているのが特徴です。
JASTSは、米国のAChemS(Association for Chemoreception Sciences)及び欧州のECRO(European Chemoreception Research Organization)と連携しながら、世界の味覚・嗅覚研究を牽引しています。また、私たちJASTSは、AChemSとECROとともにChemical Sensesという化学感覚に関する国際ジャーナルを発刊・運営しており、国内学会の中でも国際誌を持っている数少ない学会の一つです。
嗅覚は五感の中でもなくてもよい感覚の筆頭にあげられていましたが、COVID-19の一症状として味覚・嗅覚障害が出たため、この数年で、特に食べるという行為で、思っている以上に大切な感覚であることがが再認識されました。私たちの食生活におけるQOLとwell-beingと健康に深く関わる感覚として、一般社会でも着目されてきており、基礎から臨床・応用まで、味と匂い感覚の全てをカバーするJASTSの立ち位置と研究分野の重要性が再確認されています。
吉原前会長は、若手の育成、学会の国際化、社会への情報発信、を3つの柱として中心に据え、さまざまな新しい試みを導入されました。具体的には、若手の会の設立、JASTSセミナーシリーズの開催、HPの一新などで、コロナ禍にも関わらず、学会を活性化することに成功されました。私は、吉原前会長の改革方向性を引き継ぐとともに、特に以下の2つを推進したいと思っています。
第一に、コロナ禍で希薄になった海外との繋がりを強化したいと思います。2028年には、JASTS, AChemS, ECROが持ち回りで担当する世界最大の味嗅覚の国際学会ISOT (International Symposium on Olfaction and Taste)が日本で開催される予定です。それに向けて、中国や韓国などアジアの化学感覚研究者の繋がりを強化しつつ、JASTSの国際的立ち位置を高めたいと思っております。二つ目として、本学会の対象は、味と匂いだけでなくフェロモンも含まれますが、内臓感覚など広義の化学感覚も含め、さらには三叉神経や迷走神経系など周辺領域ともタイトに連携できるように裾野を広げたいと思っています。さらに、いままでの医薬農理工の交流はもちろん、人文社会科学分野も積極的に仲間に入れ込み、Arts & Scienceで味嗅覚研究の魅力を高め、新しい切り口を模索したいと思っています。
最後に紹介したいのは、嗅覚研究の発展に寄与した生理学者のルイス・トーマスの言葉です。「私が思うに、匂いを全面的に、包括的に理解するのにかかる時間を推定することによって、幾世紀先の生物学的科学の未来を正当に予測できる。匂いは生命科学の全域を支配するほど深遠な問題ではないようにみえるかもしれないが、すべての神秘の一片一片がそこには含まれている」。味嗅覚研究は一見特殊な研究に思われがちですが、生命科学の根幹に関わる幅広い学際融合領域です。学会の年会費も良心的ですので、研究者のみならず、企業、一般の方々も含めて、多くの人の参入を歓迎します。
2024年4月
東原和成